教育の魅力化は移住定住促進政策

教育の魅力化は教育政策でありつつも、実は移住定住促進の政策でもあります。

高校魅力化プロジェクトに至る経緯と地方の事情

高校魅力化プロジェクトが始まった背景は、必ずしも順風満帆なところからではありませんでした。改革に必要な、“危機感”から始まったのです。全国にある公立高校は3600余り。このうち、一年間に統廃合される高校の数は50校ほどになります。このまま統廃合が進めば、10年間で6~7校に1校は無くなる計算です。特に高校の統廃合が進む場所は少子化が進む離島中山間や地方都市です。島に、地域に、通学圏内に唯一の、地方の高校が統廃合されています。仮に1校統廃合されても、公共交通機関で他の高校に容易に通えるような地域の高校ではありません。

学校が統廃合され人口が半減した町

高校などの教育機関の有無が地域に与える影響は甚大です。まず定住促進に影響します。岐阜県高山市高根町には高校がありません。さらに市町村合併に伴い、平成18~20年にかけて小中学校を廃校にした結果、子育て世代が地域を離れました。平成11年の時点での人口は800人程度で、30%程度高齢化率が、平成27年には人口は合併前の予想であった676人を大きく下回り、400人にまで減少しました。高齢化率は60%に迫る勢いです。学校の廃校が少子高齢化と人口減少に拍車を掛け、学校の廃校は子育て世代の人口流出を招くのです。

学校の有無が人口増減に与える影響(参考)
離島における施設の有無による人口増減率の差

平成25年度離島振興施策に関する調査業務報告書(国土交通省国土政策局離島振興課)より

この図は、学校の有無が人口変動にどのような影響を与えているかを調査した結果です。子育て世代にとっては、病院や診療所の有無よりも小学校から高校までの教育機関の有無が人口の変動に関わっていたのです。全国の自治体が移住定住促進の対象を子育て世代としていますが、子育て世代にとっては学校の有無はそこに住むか否かを左右する大きい要素なのです。

魅力ある教育が家族でのUIターンの誘因に

(移住へ関心を高める30代の子育て世代のニーズ)

1. 地方へ移住したくなる条件

「子どもの教育環境が整っていること」30%

2. 地方に移住したいと思った理由
「子どもを育てる環境を変えたい」34%

高校存続による人口増減と経済効果の分析と試算

2019年度に北陸大学経済経営学部の藤岡ゼミ(弊社代表)と慶應義塾大学SFC中島特任助教の共同研究で、石川県立能登高校が能登町に与える経済効果に関して試算しました。その結果、能登高校が2011年に統廃合されていない今の能登町と2011年に統廃合された仮の能登町では2018年での人口の差が1563人、そして与える経済効果は21億円と試算されました。これは能登町全体の経済規模450億円のうちの5%に当たり、日本全体の産業からすると建設業の分に相当します。

地域の教育力が移住・定住に影響

広島県大崎上島町で定住・移住促進の窓口となっている取釜宏行氏は”移住の問い合わせの際に、子どもを持つ親の場合は、必ず教育の質、とりわけ高校での教育の質について聞かれることが多い”と言います。その声を受けて、大崎上島町では広島県立大崎海星高校魅力化プロジェクトを推進しています。大崎上島町役場・大崎海星高校と地域おこし協力隊で島に移住した若者たちが、高校でのキャリア教育、公営塾の設置、全国からの生徒募集も実施しているのです。地域における教育の充実は移住や定住促進の一貫と言えるでしょう。

地域の教育力低下から生じる悪循環

しかし、高校があれば良いというわけではありません。生徒の進路を実現する教育力も鍵となります。
もし、地元の高校に教育力がない場合、優秀な生徒ほど進学しません。生徒を一人暮らし、もしくは親戚に預けてでも教育力が高い学校や教育環境、主に都会に通わせる傾向があります。優秀な生徒ほど、地元から出て行くブライト・フライト現象が起きていくでしょう。地元の高校には幅広い学力の生徒が集まるが、限られた教員数、塾などの民間教育がない状態は生徒への手厚いサポートを難しくさせます。進路実現できない教育環境と噂になった地域からは進学・進路への意識が高い生徒ほど地元から出て行き、生徒数が減少する悪循環が進むでしょう。そこに少子化が追い打ちをかけ、生徒数は急減し高校は再編整理の対象となります。高校のみならず地域ぐるみで教育環境の充実が必須なのです。

地域ならではの学びでUIターン増加地元の良さの教育に活かす

確かに生徒の進路実現を可能とする教育力の強化で一時的に高校での生徒数は増加するかもしれません。しかし、高校を卒業し、地元外で大学進学や就職をした場合、地元に帰ってこないケースが殆どです。高校が人口流出を促す装置になってしまうのです。よって教育内容に工夫が必要です。鹿児島県屋久島町には高校があり、世界遺産でもある屋久島の自然について学び始めました。高校卒業後、意欲ある若者は一端島を離れるが、かえって島の良さに気付きUターン率が高まったのです。世界遺産がなくても自身の地域についての学びにより、生徒が地元の良さに気づいている島根県立隠岐島前高校の事例もあります。高校で学ぶ内容がUIターン定着率に関与する好例であり、意義ある示唆を与えてくれます。UIターンが地方創生の鍵である以上、高校の存続と教育環境・内容の充実が地方創生の要だと言えるでしょう。

全国の高校に勇気を与えた
島根県立隠岐島前高校魅力化プロジェクト

島根県沿岸から北へ60km、日本海に浮かぶ隠岐諸島の中の3つの島(西ノ島町、海士町、知夫村)を隠岐島前。この隠岐島前地域の唯一の高校が、隠岐島前高校です。高度成長時代、島の若者の多くは進学・就職のために都市部へ流出し、20~30代は急減しました。島前高校がある海士町では50年前は約7,000人いた人口も、一時期2,000人を切る勢いでした。高齢化率は約40%、20~30代の若者が少ないがために生まれる子どもの数も少なく、超少子高齢地域となっていたのです。

島根県立隠岐島前高等学校(以後、島前高校)の魅力化プロジェクトは、全国に拡大する魅力化プロジェクトの先進事例です。このプロジェクトでは、島前高校、島前3町村、島根県が協働し、魅力ある学校づくりからの持続可能な地域づくりを目指しました。地域資源を活かした教育カリキュラムの導入や、高校と地域の連携型公立塾「隠岐國学習センター」の開設、全国から多彩な意欲・能力ある生徒を募集する「島留学」など独自の施策が行われています。この高校への入学を希望する生徒数も増え続け、H23年度には過疎地の学校としては異例の学級増を実現。少子化で生徒数の減少に悩む学校や将来の地域リーダーの育成に取り組みたい自治体のモデルとして、全国からの視察が絶えません。廃校寸前の高校から奇跡の復活を遂げたばかりではなく、地域の活性化、子育て世代の移住、人口増加などに貢献している先進事例でもあります。(詳細は、岩波書店の“未来を変えた島の学校~隠岐島前発ふるさと再興への挑戦~”を参照。)市町村と協働した高校魅力化は全国に拡大し、教育による地域活性化が地方創生の重要なテーマになりつつあるのです。

高校魅力化プロジェクト